ソードアート・オンライン1を徹底解剖!【コラム・前編】
『ソードアート・オンライン』(以下『SAO』)は、ライトノベル業界では他に類を見ないほど売り上げを伸ばした、メガヒットタイトルだ。メディアミックスも多数行っている。コミカライズをはじめ、アニメ化、ゲーム化、映画化、……さらに、ハリウッドでの実写ドラマ化も決定している。また、時雨沢恵一、渡瀬草一郎といった大御所によるスピンオフ作品まで出版されており、『SAO』世界の広がりは留まるところを知りらない。
アニメは3期まで放送され、『劇場版ソードアート・オンライン―オーディナル・スケール―』は第90回アカデミー賞長編アニメーション部門の候補対象作にも選ばれている。メディアミックスでは失敗しがちなゲーム化も、続編が次々と出され、その人気のほどがうかがえる。『このライトノベルがすごい!大賞』では、アニメ放映が始まった2012年度から2018年度までトップ5に常駐するほどの高い評価を受け、キャラクター部門では、キリトもアスナもトップ5を守り続けていた。
そんな、あらゆる分野で高い評価を受けている『SAO』の人気の秘密は、いったいどこにあるのだろうか。中でも名作と言われている、『SAO』の第1巻を徹底解剖して解明していきたい。
膨大な情報量が苦にならない淀みないストーリー展開
『SAO』の広大な世界は、≪ソードスキル≫やギルドなど、わかりやすさこそあれど、その設定だけでもかなりの情報量がある。しかし、主人公であるキリトはベータテスト経験者であり、作中で二年もの歳月が経っているため、≪SAO≫の完全な初心者として読者たちと共に順序良く世界観を理解させることはできない。
それにもかかわらず『SAO』は、読者が物語をよどみなく読み進めることができ、なおかつ≪SAO≫の世界観設定を自然に理解していくことができるようになっている。そこには、作者の巧妙な展開の広げ方が隠されている。
先述したように、『SAO』には説明しなければならない設定が多い。だが、キリトは≪SAO≫の正式サービスが開始した二年前の時点でもすでに初心者ではなく、よって「世界を初めて目にする主人公」という体裁で世界観設定を説明するオーソドックスな手法はとれない。ここからが、川原礫のうまい構成の組み方が見られる。
作者はまず、非常に簡潔な≪SAO≫の説明と、キリトとモンスターの戦闘シーンを入れることで、読者に簡単な≪SAO≫世界のイメージを定着させることを可能にしている。次に過去の回想に移ることで、より詳細な≪SAO≫の世界を描写した。これによって、深い説明を冒頭で波のように読まさせられるようなストレスを軽減させている。
ここで、作者はベータテスト経験者であるキリトの代わりに、完全な初心者であるクラインを登場させた。キリトを初心者として登場させられないため、その代わりとなるキャラクターを登場させたのだ。さらに、クラインという感情が率直に出るキャラクターを通して、≪SAO≫の楽しさ、高揚感を読者に伝えることに成功している。キリトという、ベータテストを経験したゲーマーというキャラクター性を守るためには、やはりクラインの登場は必要なものだっただろう。
そして、≪SAO≫の根本部分を説明し終わった後は現代の時間軸に戻り、料理スキル、≪軍≫、商人プレイヤーなどの副次的な説明を必要に応じて出していっている。
このような、≪SAO≫の世界観設定をテンポよく説明していく流れ作りも見事だが、それだけでは淀みない展開は作れない。世界観設定の説明で難しいのは、その設定の説明が挿入されることで、読者にそれがフィクションであるということを思い出させ、物語世界の中から現実に引き戻されてしまうところだ。しかし、≪SAO≫は物語世界に入り込んだまま、設定を自然に理解していくことができる。それはなぜか。
『SAO』が選んだ設定説明の切り口
世界観設定が読者を物語から現実に引き戻してしまう理由の多くが、その説明が突然であることだ。ある設定(説明が必要なもの)が登場すると同時に説明がなされると、読者としてはそのギミックが突然でてきた感覚を覚え、物語の展開についていけなくなる。そうすると、一度読者の側(現実)に戻り、設定を理解しようとする必要が出てくる。
また、このような説明のやり方の場合、多くが『何も知らない主人公に対する、知っている者からの語り』という形で説明がなされる。異世界召喚系でも見られるように、最近ではオーソドックスなものだが、正直私はこの手法であまりうまい人がいないなと思っている。物語のテンポ・リズムが崩れてしまうし、チュートリアルのような雰囲気がどうしても拭えない。要するに、突現れた・登場したものに対する同時説明は、できるだけ取らない方が物語のテンポがよくなるのではないだろうか? ≪SAO≫はそれを語ってくれていると思う。
一例として、本作の要である≪ソードスキル≫の説明を取り上げてみる。≪ソードスキル≫が初めて登場するのは、第1幕、キリトがリザードマンロードと戦うシーンだ。≪フェル・クレセント≫、≪ホリゾンタル・スクエア≫――水色のライトエフェクトとともに繰り出される≪ソードスキル≫のかっこよさは、物語への期待感を高めてくれる。この場面での≪ソードスキル≫の説明はない。初めて≪ソードスキル≫の説明がなされるのは、第2幕、キリトとクラインがフレンジーボア相手に≪SAO≫を楽しむシーンだ。
ここで≪SAO≫というゲームとともに、そのコンセプトとして≪ソードスキル≫の説明がなされる。つまり『SAO』(全てではないが)、まずある設定の存在をちらつかせておいてから、後で説明すると言う手法が多く取られている。
どの手法が正しいかなんて正解は存在しないと思うが、少なくとも『SAO』はこの手法によって、ストレスのない設定説明を実現している
ギミックや設定が場面を演出する
『SAO』はギミックや設定のかみ合わせをうまく利用している作品だと言える。その最たるものが、≪結晶無効化空間≫の設定だ。≪結晶無効化空間≫は、第11幕、≪軍≫が第七十四層のボス、グリームアイズに蹂躙されるシーンで初めて登場する。この場面で、≪結晶無効化空間≫は戦闘における最悪の部隊として登場し、読者に非常に厄介で危険なシステムという印象を植え付けている。
おもしろいのは、この≪結晶無効化空間≫が単にそのシーンに臨場感を与えるだけの使い捨てのギミックとして使われているのではなく、今後もきちんと登場するところだ。
それは第14幕、キリトがパーティを作らない理由をアスナに語るために、過去を回想するシーンで再登場する。この回想シーンは、尺が短い割りに霧との葛藤がよく伝わってくる秀逸なところで、その理由に≪結晶無効化空間≫がかかわってくる。キリトが一時期パーティを組んでいた≪月夜の黒猫団≫は罠にかかり壊滅してしまうわけだが、この大ピンチの一つと言うのがまさに≪結晶無効化空間≫なのだ。
最悪の舞台としての印象を持っている読者は、無駄な説明がなくとも「ああ、大変な事態だったんだ」と理解することができる。(短い割りにインパクトのあるセリフなどもあるが)この設定を活かした演出によって、作者は回想のシーンをできるだけコンパクトに、かつ説得力のある場面に描き出しているのだ。
最後に
今回は、『SAO』第1巻を構成の組み方という視点から紐解いてみた。
『SAO』の設定が呑み込みやすいのは、「私たちがデジタルゲームに慣れ親しんでおり、共通認識が存在しているから」と言うことは簡単にできるだろう。しかし、それ以上に考えられた構成の組み方が、物語をわかりやすく、かつノンストレスにしているのは間違いないだろう。
次回はキャラクターから見る『SAO』第1巻について語っていきたい。